スーツの袖ボタンの不思議

2008/3/31 月曜日Filed under: 未分類

先日、スーツの袖ボタンについてテレビ局の方から取材を受けました。

その中で、「本切羽をドクタースタイルというのはどの様な由来からですか?」との質問を受けたのです。

由来としてはお医者様が袖を捲り上げる時にこのボタンを外していたからなのですが、ただ、本切羽を始めたのがお医者様である、という歴史的事実は、私が調査している中では得られませんでした。

中世より、既に袖ボタンは飾りボタンとなってい ました。誕生は恐らく暗黒時代~中世の戦士達の服装でしょうが、これも資料を見つけられませんでした。

もし1次資料をご存知の方はお教え下さい。

中世の男性のスーツという物は非常に耐久度が低く、女性のドレスの用に多数残ってはいませんが、杉野学園衣装博物館などで見る事が出来ますから、ご興味がある方はご自分の目で確かめられると良いでしょう。

さて、話がそれましたが、この本切羽、 最近やたらと人気が有ります。

一昔前は「オーダースーツの証」として、世のスーツ好きな紳士たちが拘っていた物ですが、このところ、既製服でもこういったディテールのスーツが増えてきました。

本切羽にする機能的なメリットは・・・特にありません。しかし、スーツが好きな方にとっては外せないディテール。

しかし、台場仕立て、本切羽、貝ボタン・・などと、既製品で細かいディテールを選ぶのならば、その分のコストを生地に掛けた方が良いと感じるのは私だけでしょうか?

4万円くらいまでは、見る目さえ有れば、イージーオーダーよりも吊るしを買った方が良い買い物になる事も多いです。

しかし、5万円~10万円くらいになると、吊るしの高価格スーツよりも イージーオーダーの方が総合的に見てその男性を美しく飾ってくれるような気がします。

勿論、人それぞれですが、細かいこだわりは、ボディラインにフィットしたライン、しっかりとした作り、安物でない生地、これらの土台がしっかりしてこそだと思います。

先日、2万円のスーツで本切羽を見ました。勿論、その分どこかでコストダウンしているでしょう。

「流行に流される」とはこういうものなんだ、と、少し不思議な気分になりました。

トレンドは無視すべきではありません。ですが、それに踊らされるのもまた、あまり褒められた事ではないのでしょう。

共和制ローマ&ローマ帝国期の服装

2008/3/17 月曜日Filed under: フォーマルウェアの歴史

[ローマ帝国] ブログ村キーワード
ローマの服飾文化

現在の洋服の成り立ちは、紀元前のローマ帝国から始まります。

それ以前にも、世界では後に4大文明と呼ばれる黄河文明・インダス文明・エジプト文明・メソポタミア文明が有りましたが、現在の服飾文化の直接の祖先は、都市国家として産声を上げ、後に地中海の覇者となるローマ帝国です。

ローマ帝国は帝政をとってはいましたが、その多くの期間は元老院の権力を認め、共和制的な統治を行っていました。

ローマ帝国では市民が自由を謳歌し、また、その優れた服飾文化の恩恵を帝王から奴隷まで享受していました。

ローマにおいて、服装は社会階級を表す物でした。

色や生地、羽織っているもので、その人間が属している社会が一目で分かるようにしたのです。

ただし、ローマ帝国といえば奴隷制度が有名ですが、この奴隷でさえも、ローマ帝国以外の文明からすると、上等のものを身にまとっていました。

また、この頃の奴隷制度は絶対的ではなく、主人が開放すれば、既に自由の身であり、職を得れば市民の一員でした。

ローマの男性の服装

このころのローマの一般市民の服装は、気候が温暖な事もあり、膝を出したチュニック(ワンピースの様な物)の上にトーガと呼ばれるローブの様なものを着ていました。

トーガは、公式な場や宗教儀式の際には、必ず身につけるよう、定められていたのです。

また、このトーガの色は、年齢と地位を表しています。

そう、このトーガこそが、フォーマルウェアの始まりといっても過言ではありません。

市民層以上の男性は皆そろって、決められたルールに則ったトーガを着込み、ローマ帝国の一員として振舞っていました。

支配層だけでなく、中流層までがフォーマルウェアを着る、というのは、この時代から既に行われていたのです。

ただし、奴隷などの下層民は、チュニックだけを羽織り,トーガを着ることはありませんでした。

しかしそのチュニックも、ローマ帝国内においては粗末なものではありましたが、この時代の他の文明の中流層と比べても、むしろ上等なものでした。

女性もまた、初期はトーガを着ていたのですが、やがて売春婦のみが着る様になりました。

そしてその後、そういった服飾文化も、ローマ帝国の肥大化にともない、少しずつ西欧に広がっていきました。

ローマ記の服装の素材

ローマ帝国期、服装には主にウールが使われていました。

現在でもイタリアは良質のウールの産地ですが、これは2000年間の品種改良とノウハウの蓄積であることがわかります。

また、支配層に位置する人々の間では絹が好んで着られましたが、しかし養蚕の技術は当時の西洋にはありません。

そこで東洋から輸入する事となるのですが、この服飾文化が、東西を結ぶシルクロードを作る事になったのです。

ローマのアクセサリー

この頃の男性は、アクセサリーをあまり用いませんでした。

ただ、成人男性の市民が必ず身に着けていた物が一つだけ有ります。

それは封蝋と呼ばれる、後々も西洋の貴族にとっては非常にポピュラーな物です。

手紙などを閉じる際、その証明として、独自のデザインの彫りが施された物を最後に押し付ける、といった使い方をするのですが、ローマ帝国期ではコレをリングにして身に着けていました。

これは勿論、実用品ではありますが、それ以上に、義務と責任、権利を有している市民であるという象徴でした。

ローマ記の靴

ローマ帝国期、人々は既に革靴を履いていました。

この頃の革靴は、現在の靴と驚くほど似ています。

モンクストラップのベルトが足の外側から伸び、先に靴紐が有り、それで結ぶ様な構造です。

驚く事に、装飾性も今と変わらないほどに、手の込んだ、煌びやかな物です。

また、上位階級の間では、外では革靴、家の中ではサンダルを履いていた様です。

このサンダルはつま先が無く、一枚革に革紐をいくつも付け、甲で結ぶ様なものです。

また、奴隷も履物を履いていたのですが、これは粗雑になめされた一枚革で単純に包む様な構造でした。

また、上位階級を示す色として、赤色が使われました。

このように、既にフォーマルファッションと呼ぶことの出来る文化は、ローマ時代には既に始まっていました。

起源を探せば、更に遡れるとは思いますが、残念ながら資料に乏しく、その作業は学者の皆様にお任せする事にします。

次回はフランク帝国での服装へと、進めて行きたいと思います。

フォーマルウェアのショップ情報

先週は六本木~表参道、渋谷まで回ってきました。

どこも高感度なセレクトショップ やデザーナーブランドのショップが多く、大変、目の保養になりました。

ただ、フォーマルの観点から言うと、渋谷~六本木エリアという多くのアパレルショップがある場所でも、本格的なフォーマルアイテムが手に入るお店、というのは実は大変少ないのです。

まずご紹介するのは、渋谷トゥモローランド様。

こちらでは1階にて高品質かつトレンドの バッグや小物だけでなく、ビンテージの時計も手に入ります。

また、地下1階には普通の靴やスーツだけでなく、 オーダーにてフォーマルウェアを購入する事も出来ます。

毎シーズン新しいフォーマルウェアを提案しているセレクトショップは私の知っている限りではトゥモローランド様だけです。

特にトレンドに敏感な方にはオススメです!

また、このエリアでは最も品揃えが豊富なフォーマルショップが渋谷西武様のフォーマルショップ。

ボウタイ、アスコットタイ、タキシードなどの品揃えも豊富で、土地柄か、若者でも 着られるフォーマルアイテムが沢山です。

実際に本格的にフォーマルウェアを取り扱っているトコロというのは本当に少なく、城南エリアにお住まいの方でお急ぎの方は、このどちらかを利用されるのが良いかもしれません。

また、渋谷西武様ではクリスチャン・ルブタンの特設売り場もありました。

Christian Louboutin

見て下さい、この神がかったデザイン!!!

靴フェチの私にとっては見とれてしまう美しさです。

ルブタンは特に曲線の処理 が素晴らしく、見れば見るほど惚れ惚れしてしまいます。

ただし、お値段も惚れ惚れするものですが・・。

他にはJimmy Choo さんも素晴らしい品質の物を作っていらっしゃいます。

レディースの靴というとデザインばかりが注目されますが、よくよく見てみるとその製造技術の緻密さは、メンズシューズに比べても引けをとるような物ではありません。

皆様も女性の買い物のお供に飽き始めた時は、そんなトコロを見て暇つぶしをして見て下さい。

この春、フォーマルスタイルでもシルクのポケットチーフの取り扱いを始めますが一日リサーチという名の散歩 を追え、気になった事が欧米から輸入したポケットチーフなどのシルク製品の値段の高さと品質の悪さ。

生地は良いものを使っていますが、作りが・・・。

そんな雑な作りのポケットチーフが12,000円もするんですから、ブランディングの力を感じます。もちろん、全ての輸入品が悪いわけではありませんが。

皆様も、国産、輸入品に限らず、シルク製品には本当にご注意下さい。

結婚式の白ネクタイの是非

2008/3/3 月曜日Filed under: フォーマルウェアについて

結婚式など、慶事にはお馴染みの白ネクタイ。

特に中高年の方には未だに絶大な人気を博しています。

ですがここ最近、 白ネクタイ(慶事用ネクタイ)の評判がすこぶる悪くなってきているのです。

そもそも白ネクタイは日本でフォーマルウェアという物がまだ定まっていない、知られていない頃に、「コレさえあれば安心」と、紳士服業界 がブラックスーツと共に売り出した、国産のフォーマルウェアです。

スーツスタイルでさえ理解するのに苦労していた日本の男性が、「正当なフォーマルウェアとは違う!」などと言うはずもなく、この提案は日本中に受け入れられました。

そして結婚式の文化が発展・定番化していくとともに、この「ブラックスーツに白ネクタイ 」

というファッションも定番となっていきました。

ブラックスーツと白ネクタイは、日本のフォーマルウェア産業に 非常に貢献した事でしょう。

もしこの服装がなければ、未だに日本の結婚式では男性の服装はバラバラであったか、さもなくば紋付袴であったかもしれません(それが悪いわけではないのですが)。

しかし、時は移り、バブル期や近年のクールビズなどのスーツファッションの発展によって、「本物」のスタイルを求める男性、格好いいスーツファッションを求める男性が増え、それに伴ってスーツファッション、フォーマルウェアに対する理解が深い男性も多くなって来ました。

その方々に言わせれば、「白ネクタイにブラックスーツなんて邪道」だという意見でしょう。

また、男女問わず、「ブラックスーツに白ネクタイはダサい」という見方が強くなって いるのも事実です。

そして結婚式において「セレモニー」よりもその後の披露宴、「パーティー」に重点を置いたものになっていくにつれ、現在では20代の若者で白ネクタイをする方、というのは あまり見られなくなってきました。

しかし、白ネクタイは未だに、保守層やファッションに疎い方にとっては、デフォルトのフォーマルファッションです。

フォーマル協会の講習会である講師の方がこんな事をおっしゃっていました。

「白ネクタイなんて格好悪いじゃないですか。シルバーのネクタイにしてポケットチーフを挿すだけでこんなに(隣のモデルの事)オシャレになるんです」

確かに、これならファッションに疎い方でも、気軽に挑戦出来るでしょう。

しかし、ずっと白ネクタイに馴染んできた方々はネクタイを付け替えることはあるでしょうか?

恐らく今後ともお年寄りの方は白ネクタイを し続ける事でしょう。

それも良いと思います。日本ローカルではありますが、フォーマルとはその場その場で違うもの。

国、地方によって独自のドレスコードがあっても良いのです。

ただ、日本フォーマル協会も、フォーマルファッションのスタイリストの皆様も、白ネクタイを推奨はしていません。

歴史的に見てもファッションは男性の方がより楽しんでいるもの。結婚式の服装でオシャレをしていけないなんてルールはありません。

皆さんもルールの範疇で、存分に結婚式のファッションを楽しんでください。

「ファッションなんて興味ない」というのが格好いいとされる前年代のアメリカ のマッチョ主義的な考えは捨てたほうが良さそうです。

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